NOと言える日本2006
かつてこの日本でNOと言える日本、という言葉が流行った。10年以上前の話である。
現在アメリカ中間選挙で日本のメディアは大騒ぎである。下院での勝利は確定し、もはやというかやはり民主党の勝利は間違いない。
少なくともこの状況は日本にとってほとんど好ましい要素が見あたらないだろう。メディアがブッシュを槍玉に挙げるのはかまわないが、ブッシュが共和党であることを忘れてはダメだ。日本国内における民主党もちょっとアレだが、米国の民主党はその遥か上を行く。
民主党の影響力が高まり、さらに次の大統領選で民主党候補が大統領になるようなら日本にとってかなり厳しい現実が待っている。クリントン時代なんて法外かつ無意味な投資を確約させられるし、米国の産業保護は強まるし、北朝鮮はあのざまだし。クリントン元大統領なんて北朝鮮の核開発の父だからなぁ。
今後アメリカの民主党圧力の強まった政策に対して日本がNOと言うべきはNOと、どれだけ突っ張ることが出来るのだろう(民主党の要求には歴史的に見返りさえない)?できないだろうね。丸腰だもん。民主党政権下のアメリカは日本にとって天敵である。
勿論誤解されては困るのはアメリカが信用ならないから中国になびこうというのとは違う、ということだ。石原慎太郎氏は国家の最高独立性をもってNOを唱えている。つまり全方位的だ。というか今やより中華圏を名指ししているとも思うがね。
核議論(しかも持たない方向で、の。あるいは何故持てないか?の)ぐらいでガタガタいってる日本はもうどうしようもない。軍事的背景(示唆を含めて)を持たずに安っぽい理想を掲げる国家はよっぽどの恥知らずか与太者だ。よそ様の国の選挙で自国の安全保障が左右される国とはいったい何なのだろう?
と、まぁここらで落ち着いてみると今日の安倍首相と小沢一郎民主党代表の党首討論は面白かったなぁ。小沢氏曰く「核保有議論は自粛するべきだ」とか「核保有は軍事的にも政治的にも日本にとってプラスではない」とか首相に噛み付いていたけど、それ自体「議論」なんだよね。首相もたまにはうまいこと言うね。誰が持つべきだ!と言ったのかって話だけどね、そもそも。誰ですか?メディアの皆さん(勿論西村慎吾氏は除いてね)。
つまり誰よりもどこよりも激しく核議論をしてるのはメディアに他ならない、ということだ。